、漆黒の空である、人の心も泣き出しそうになる、しかし暁天までには、焚火のとろとろ火に伴《つ》れて、穴へでも落ちたようにグッスリと寝込んでしまった、眼が覚めると鳥の声がする、谷間に「ひんから」「ひんから」と響きわたる、それが年久しく谷川の底に沈んでいる、透き通った、白い冷たい、磁器の魂が啼くのでもあるようだ。
起きて見ると、霧が団《まろ》くなり、筋になり、樹の間から立つ、森からも、谷底からも、ふわりと昇る、例の山款冬《やまふき》の茎を、醤油と鰹節とで煮しめて、菜《さい》にする、苦味のない款冬である、それから昨夕の残飯に、味噌をブチ込んで「おじや」を拵《こしら》えて啜《すす》る、昼飯の結飯《むすび》は、焚火にあてて[#「あてて」に傍点]山牛蒡《やまごぼう》の濶葉で包む、晃平の言うところによると、西山の村では、この牛蒡の葉を、餅や団子に捏《こ》ね入れて、草餅を作るそうだ、蓬《よもぎ》のように色が好くはないが、味は宜《よ》いと。
一夜作りの屋根――樅の青枝を解き施《ほぐ》して、焚火に燻《く》ゆらしてしまう、どんなに山が荒れても、この谷底まで退かない決心である、脂の臭いのする烟は、シュウシュ
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