ように空に懸る。焚火の烟は、油紙の屋根の継ぎ目から洩れて、白い柱が立っては崩れ、風に折れて地を這《は》いながら、谷中を転げてゆく。火が、ぴしぴし、音を立てて、盛に燃え出すと、樺の立木の葉が、鮮やかに、油紙の屋根に印して、劃然とした印画が炙《あぶ》り出される。晃平が、先刻、未だ日の暮れないうち、朝飯の菜にとて、山款冬《やまふき》数十茎を折って来たのを、みんなして、退屈|凌《しの》ぎに、繊維《すじ》を抜いては、鍋へ投げ入れる。世間話がはずむ……夜半になると、焚火は、とろとろと消えかかる。寒気の強いのと、明日の天候が気になるので、眼がよく覚める。
 露営地の外では、細長い爬行《はこう》動物――この谷の主――東俣の川――が、蜿《う》ねりながら太古の森林の、腐れ香に噎《むせ》んで、どこまで這って行くことであろう。

    白花石楠花と高根薔薇(白峰山脈の一角に立つ記)

 ゆうべは、まんじり[#「まんじり」に傍点]ともしなかった、油紙の天井を洩れる空に、星が閃《ひら》めいていれば、明日の好霽《こうせい》を卜《ぼく》されるので、仰《おが》むようにして悦ぶ、その次に覗《のぞ》くと、星どころではない
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