針葉樹は、格子縞《こうしじま》を、虚空に組み合せている。その間を潜って、霧の波が、さっと寄せると、百年の古樹は、胴から上を、蝕ばまれるように、姿を持って行かれる。樹の下は、皆石である。石の上に、根を托さぬ樹は少い。その石も、樹も、皆、水の威力に牽引されているようで、濶々《ひろびろ》とした河原に、一筋水が走っている。この水のみが、活物の緑を潜《ひそ》めているかと思われる。およそ、山の中の氷の下から、数珠を手繰《たぐ》るように落ちて来る、峡間の水ほど力の強い、自由の手も少いであろう。そうして、未だ、深秘の故郷にいるかのように、足踏して跳《おど》り狂っている。根曲り竹も、楊の根も、樅の肌も、はた長くしな垂《だ》れるサルオガセも、その柔嫩《じゅうなん》の手に、一旦は、撫でられぬものはない。華麗と歓楽とを夢みるように、この雪白く、氷堅き北方の閉鎖から解かれて、南方の奢侈《しゃし》を、立ち姿や、寝像にまで現して、昼となく、夜となく、おそらく、千年も万年も、不断の進みをつづけているのだ。ああ、本洲の比類のない水成岩山、その高きこと、一万尺、古生層地の峡間を流れる水! この氷の解放に伴って、いくばくの
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