まれて来る、足許には白花石楠花《しろはなしゃくなげ》や、白山一華《はくさんいちげ》の白いのが、うす明るく砂の上に映っている。
 偃松も徐々と、根を張り始めた。
 この傾斜を上り切って、ひょいと顔を出すと、槍ヶ岳の大身の槍尖が、すいと穂を立てている、そうして白い雪が、涎懸《よだれか》けのように半月形をして、その根元の頸を巻いている。雪の下からは蒼黯《あおぐろ》い偃松が、杉菜ほどに小さく見えて、黄花石楠花は、白花石楠花に交って、その間にちらほらしている、一団の霧が槍へ吹っ懸けて、白い烟をパッと立てるので、一時は姿を没したが、又穂先だけ鋭く突き出す。
 この辺で高頭君は、歩度《ほど》測量計《メートル》を失くしてしまい、私たち一同人夫と共に、附近の偃松を捜索したが、見当らずにしまった(後にこの歩度メートルは、登山家某君に発見せられて、上高地温泉宿に委托せられ、無事に持主の手に戻った)。今来た路の方を振り向くと、峡間の底から、大霧は雪を包んで乱舞を始めている、それは噴火口の底から、硫烟が幾筋も縺《もつ》れ合い、こんぐらかって、騰上するようである。
 岩石の大崩れがあって、左の方に石を囲んだ坊主小
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