舎がある、小舎の中は未だ雪が多くて、泊まることは出来そうもない、鍋が一枚蔵してあった、冠君は既に槍ヶ岳登りを終られて、雪を辷り落ちるようにして、下りて来られた、二言三言話を交えて、さっさと下りて行かれる。
 ここから見ると、赤沢岳の鞍状の凹みの間から、常念岳が出たが、頂上は雲で見えなかった、昨夜の野営で一日分の食糧が減ったので、人夫の一人を解放して、下山させた。
 石の崩れ路を登り始める、人の下りたときの、草鞋や杖で穿《ほ》り返された雪は、橇でも※[#「てへん+曳」、第4水準2−13−5]いたように生々しい傷がついている、その雪も大石に挟まれたところは、石の熱のためか、溶けて境界線が一寸《ちょっと》した溝になっている、先刻見えなかった常念岳が、イガ栗頭をぬいと出す、高野君と高頭君は、ハンド・レヴェルを持ち出して、ためつすかしつ眺めながら、ここより高いとか、低いとか、頻《しきり》に言い合っている。
 槍の穂も鼻ッ先に近くなって、崩壊した岩石が折り重なっている、石角を伝わって、殺生小舎へ取りついたが、これでも四人位は泊まれるらしい、強いて詰めれば、八九人は入らぬことはないそうだ、既に今年も
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