水の如き朝、明らかにて、正午よりは、淡き水蒸気に遮《さえぎ》られ候、但し日光の工合にて、かえって鳥だけは、朝よりも明瞭に仰がれ候(側は陰に入るより)、駒ヶ岳の孤峭《こしょう》は、槍ヶ岳を忍ばせ、木食《もくじき》仙の裸形の如く、雪の斑は、宛然《さながら》肋骨と頷《うなず》かれ候、八ヶ岳も、少し郊外に出づれば、頭を現わすべく、茅岳、金岳より、近き山々、皆冬枯の薄紫にて、淡き三色版そのまま、御阪山脈の方向は富士山なくんば見るに足らず、富士の雪は夕陽に映るとき、最も美しく候、ここはなお雪がふらず、白峰|颪《おろし》は大抵一日おき位に、午後より夕まで、または夕より十二時頃まで、凄《すさ》まじき音をたて、この夜|坤軸《こんじく》を砕く大雪崩の、岩角より火花を迸発《ほうはつ》する深山の景色を忍び居候。(十二月十八日甲府より)
別紙白峰の拙画は、今年初秋―四十年において、最も白峰を明瞭に仰ぎ得し日の午前写生せしものを、忠実に写し直せしものに御座候、赭色なるは雲なき頃とて、皺谷の赤膚を露出するもの、甚だ妙ならず候えども、スカイラインと共に、山の皺は、いかにも興多きため、忠実に岐脈をも余さざりしつもりに候
前へ 次へ
全14ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小島 烏水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング