いる、空線の上に、夢みる巨人は、下界の水平線上、青春の国の炎の中で、夢を見ている自分と、向き合った、彼の夢には冷たけれども光があった、自分の夢は、彼に吸収されていつしか化石のような自分を融かしてしまった、自分は無意識に古人の言ったことを繰り返えす、「北に遠ざかりて雪白き山あり」もうそれでよい、ただ白峰でよい。
雪によって名を得たものに、飛騨山脈の大蓮華山、また白馬岳があるし、蝶ヶ岳もある、しかし虚空に匂う白蓮華も、翅粉谷の水脈《みお》より長く曳く白蝶も、天馬空を行かず、止まって山の肌に刻印する白馬も、悉《ことごと》く収めて、白峰の二字に在る、「北に遠ざかりて(何等の神秘)雪白き山あり(何等の高潔)」即ち白峰である、何という透き通った感じのする山であろう、この外に美しい名もなければ、涼しい名もない、やさしい名もなければ、威厳ある名もない。
自分は昨年|塩山《えんざん》の停車場で、白ペンキ塗の広告板に、一の宮郷銘酒「白嶺」と読んで、これは「雪の白酒」ではあるまいか、さぞ芳烈な味がすることであろうと思った、また他で製糸所の看板に、白嶺社とあるのを見て、この社の糸の光には、天雪の輝きがあろ
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