愛すべき森林は、今いかんの状態にあるであろうか。
 その愛すべき森林が、商人に惜しげもなく、払い下げられた、それも、払い下げによって、土地の生産力を大《おおい》に潤《うる》おすわけならば格別であるが、若干の価をも得られべきでないことは、樹木を見ると、大概わかってしまう、売る方のみでなく、現にそれを買った商人は、樹も小さいし、巣を喰ってもいるし、運搬は不便だし、一向引き合わぬと愚痴を飜《こぼ》しながら、ドシドシ斧《おの》を入れさせる、その伐木を何に使用するかと問えば、薪材にして、潰《つぶ》すより外《ほか》、致し方ないと言っている。一昨々年は、温泉宿附近、前穂高一帯の森が、空地になった、友人亡大下藤次郎氏が、ここで描いた水彩画は、今では森林そのもののためにも、遺念《かたみ》になった、昨年は河童《かっぱ》橋から徳本峠まで、落葉松《からまつ》の密林が伐り靡けられた、本年は何でも、田代池の栂《つが》を掃《はら》ってしまうのだそうであるが、あるいはもう影も形もなくなって、屍体《したい》が方々に転がっているかも知れない。
 そうして、山骨は露出し、渓水は氾濫し、焼くが如き炎日は直射し、日本アルプス第
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