林区署の収入を多くする考えからか、あるいは他に理由があるのか、用材の伐り出しに着手せられた、現今は知らぬが、私がかつて聞いたところでは、明科《あかしな》製材所へ出す材料の多くは、梓川や島々川の水源地の森林であったそうで、森林の濫伐は、おのずからその地盤を赤裸《あかはだ》に剥《む》いて、露出させて、水害を頻繁にしたり、大にしたりすることは、今更言うまでもないことであるが、上高地にあってこの感は殊に深い。私はいつぞや雨あがりの日に、上高地の森林に佇《たたず》んで、峡流を視《み》ていた、水の落ちることが早く、今まで見えなかった河底の岩石が、方々から黒い頭を出して、それが一寸二寸と、丈を延ばしてゆく、水の落ちるのが早ければ、溢《あふ》れるのも同じく早いわけである、森林があってさえそれだから、坊主になったときの、惨《みじ》めさがおもいやられる。
上高地は海面を抜くことも高く、気候も寒冷で、地味も瘠《や》せているから、あまり大きい樹木も、深い森林もないわけであるが、それでも、その森の幽邃《ゆうすい》なことと、美しいことは、森影を反映する渓谷の水に一層の青味を加え、梢から梢に唄《うた》い歩く、ガッ
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