吸収する所以《ゆえん》は、槍ヶ岳、穂高岳、霞沢岳、焼岳などの大山岳に登る便利のあること、殊に大山岳は富士や八ヶ岳式の火山を除いて、とかく全容を仰ぎがたいものであるが、穂高岳、霞沢岳、焼岳などは、その威厳ある岩壁の大部分を、この峡谷に展開して、容易に仰視し得られること、焼岳が盛んに噴煙して、火山学者やまた地震学者の注意を惹《ひ》き初めたこと、明浄な花崗質の岩盤を流れる谷水の、純碧と美麗と透徹と、他に比類なきこと、神仙譚を思わせるような美しい湖水のあること、森林のあること、温泉のあること、飛騨への交通路にあることなどであるが、これを一括して言えば、日本北アルプスとも称すべき飛騨山脈の、大殿堂は上高地峡谷によって、その第一の神秘なる扉を開かれたのである。
これを日本アルプスの他の山岳と比較すると、赤石山系の最高点、白峰の北岳などは、標高三千百九十二|米突《メートル》を有して、高さは槍ヶ岳を圧し、形容の尖鋭かつ峻直にして、威厳あることも、あるいは槍ヶ岳以上(甲州駒ヶ岳から見て)とも思われるが、山また山の秘奥にあって、上高地温泉のような好適な登山地点を有していないために、今日でも登る人はおろか
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