くすることがある。夕は日が背後に没して、紫水晶のように匂やかに見える。筑波山の紫は、花崗石の肌の色に負うことが多いが、富士山の冬の紫は、雪の変幻から生ずる色といっても大過はあるまい。
ただしこれらは遠くで見る山の美しさである、実際日本北アルプス辺の峰頭に立って見ると雪田の美しさは、また別物である、柔かく彎曲する雪田の表面は、刃のような山稜から、暗い深い谷に折れ、窪地に落ちこんでは、軟らかい白毛の動物の背中のように円くなり、長く蜿《く》ねった皴折《ひだ》の白い衣は、幾十回となく起伏を重ねて、凹面にはデリケートな影をよどませ、凸面には金粉のような日光を漂わせ、その全体は、単純一様に見えながら、部分の曲折、高低、明暗は、複雑な暗示に富み、疲れた眼には完全なる安息という観念を与える、そのまた雪白色は、蒼空と映じていかにも微細で尖鋭な、ピンク色に変化させる。
もっともこう言った雪の美しさだけなら、何も高山に限らず、寒帯地方で、もっと大規模に見られるかも知らぬが、高山特得ともいうべきは、空の濃碧であること、色彩の光輝あること、植物の変化と豊饒なることなどが、その背景《バック》になっていることで
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