た頃には未だ小舎はなく、シェラ山岳会考案の「睡眠袋」を馬に積ませて来たので、蓑虫《みのむし》のように、その中にすッぽり潜《もぐ》り込んで寝たが、乾き切った小石交りの砂地の上で、日本アルプスのように、柔らかい草原を褥《しとね》にする贅沢《ぜいたく》は、思いも寄らず、睡眠不足が祟《たた》って、翌《あ》くる日の登山には、大分こたえた。
 森林帯の尽きるところから、大雪渓が始まるが、この雪渓の長々しい傾斜は、さすがに白馬岳あたりの比ではない。翌くる十一日の朝、一行はこの単調の雪渓を、のたり、のたりと登って、巨大な堆石《たいせき》を戴いた雪の「テーブル」の側へ立って写真を撮ったり、雪の穴ぼこの中へ、更紗《さらさ》の紋でも切り篏《は》めたように、小さい翼を休めているところの、可憐《かれん》なる高山蝶を、いじくったりして、雪渓を、ものの三千五百尺ばかり登ると、富士山の胸突八丁にも喩《たと》えられるところの、火口壁へとぶつかった。これを越えると、絶頂に辿《たど》りつくことになるので、ここでさえ、高さは一万三千尺近い見当である。最後の噴火のあったという「レッド・ブラッフ」の赭《あか》ら岩が、眉《まゆ》を
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