た、目ぼしい商家といっては、よろず屋風の荒物屋と、鍛冶《かじ》屋があるくらいのもので、私は靴屋に案内してもらい、氷河に辷《すべ》らない用心に、裏皮を貼《は》りつけて、釘《くぎ》を打ってもらったが、旧式の轆轤《ろくろ》を使って、靴屋のおやじが、シュッ、シュッと、線香花火式にやってくれた。登山の準備をしたくも、碌《ろく》なものがないところで、この節の日本アルプスの登山口の、設備の方が、よほど行き届いているくらいだから、その貧弱さの、見当がつくであろう。
山麓帯の裾野で、日に焼けて、疲労をひどくしたくないので、定めの行程は短いにもかかわらず、翌十日は朝|出立《しゅったつ》した、馬を五頭、一頭は荷物を積んで、案内者の、チャアルス・グーチという男が、裸馬に乗り、アルペン杖を横たえながら、片手で荷馬車を曳《ひ》いて先登に立って行く。私は馬に慣れないので、少なからず閉口したが、同行中の神田憲君は、この仲間では馬術の達人で、ややともすれば遅れがちな私の馬の綱を、時々引いてくれた。
本街道から製材所の横を切れると、もう既に裾野であるが、富士のそれとは違って、乾《かわ》き切った砂漠で、セージと通称する
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