、花の生命があるように、死んでゆくところに、いや死なねばならぬところに、生の価値[#「価値」に傍点]があるのです。生の尊さ、ありがたさがあるのです。ゆえに空に徹したる人は、生きねばならぬ時には、石に噛《かじ》りついても、必ず生をりっぱに生かそうと努力します。生死《しょうじ》に囚《とら》われざる人は、所詮《しょせん》死を怖《おそ》れざる人です。死を怖れざるゆえに、死なねばならぬときに莞爾《にっこ》と笑って死んでゆくのです。ゆえにそれはいたずらに死を求める人ではありません。「死を怖れず、死を求めず」といった西郷南洲のことばは、真に味わうべき言葉だと思います。昔から「千金の子は、盗賊に死せず」といいます。「君子は分陰を惜しむ」といいます。たしかにそれは真実です。寸陰を惜しみ[#「寸陰を惜しみ」に傍点]、分陰を惜しみ[#「分陰を惜しみ」に傍点]、生の限りなき尊さを味わうものにして[#「生の限りなき尊さを味わうものにして」に傍点]、はじめていつ死んでもかまわない[#「はじめていつ死んでもかまわない」に傍点]、という貴い体験が生まれるのです[#「という貴い体験が生まれるのです」に傍点]。覚悟《はら
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