ます。
たいへん前置が長くなりましたが、すでにお話ししました「因縁」の原理や、ただ今申しましたその話をば、とくとお考えくだされば、これから申し述べることは、自然ハッキリわかってくるのです。さて、ここに掲げてある本文は要するに、「五|蘊《うん》」によって、作られている諸法《もの》はみな空である、という、その空の相《すがた》についていったものです。つまり眼に見える有形の物質と、眼に見えぬ無形の精神とが、集まってできている、この世界じゅうのあらゆる存在は、皆ことごとく空なる姿、すなわち「空なる状態」にあるのですから、生ずるといっても、何も新しく生ずるものではない。滅するといっても、すべてが一切なくなってしまうのではない。汚《きたな》いとか、綺麗《きれい》だとか増《ふ》えたとか、減ったとかいうが、それはつまり個々の事物に囚《とら》われ、単に肉眼によって見る、差別の偏見から生ずるのであって、高処に達観し、いわゆる全体的立場[#「全体的立場」は太字]に立って、如実《にょじつ》に、一切を心の眼でみるならば、一切の万物は、不生にして、不滅であり、不垢《ふく》にして、不浄であり、不増にして不滅だという
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