それましたが、私どもの家庭の、この厳父の心を、そのままに写したのがあの不動明王という恐ろしい仏です。厳父に対する慈母の心を、そのままに現わしたのが、観自在菩薩《かんじざいぼさつ》というあのやさしい仏です。しかもそれはいずれも「同じ心の仏なりけり」です。いずれも「慈眼視衆生《じげんじしゅじょう》」の仏心の顕現《あらわれ》であります。古来、「|般若[#「般若」は太字]《はんにゃ》は仏の母[#「は仏の母」は太字]」だといっていますが、般若こそ、まことに一切の諸仏をうみ出す母です。諸仏出生の根源です。あの慈母の権化《ごんげ》、観自在菩薩が、深般若波羅蜜多《じんはんにゃはらみた》を行《ぎょう》じて、一切は空なりと観ぜられた、ということは、実にそこに深い意味があるのです。空を観じて空を行ずる。因縁を観じて因縁を行ずる。空観より空行へ、因縁観より因縁行へ、そこに哲学として仏教宗教としての仏教の立場があるのです。古聖が「色即[#(チ)]是[#(レ)]空と見れば、大智を成《じょう》じ、空即[#(チ)]是[#(レ)]色と見れば、大悲を成ずる」といったのは、まさしく、こうした境地を、道破したものであると思い
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