げようと思う『心経』のテキストは、今よりちょうど一千二百八十余年|以前《まえ》、かの三蔵法師で有名な中国の玄奘三蔵《げんじょうさんぞう》が翻訳されたもので、今日、現に『心経』の訳本として、だいたい七種類ほどありますが、そのうちで『心経』といえば、ほとんどすべて、この玄奘三蔵の訳した経本《きょうほん》を指しているのです。ところが、前もってちょっとお断わりしておかねばならぬ事は、平生《ふだん》、私どもが読誦している『心経』には、『般若波羅蜜多心経』の上に、「摩訶《まか》」の二字があったり、さらにまた、その上に「仏説」という字があるということです。学問上からいえば、いろいろの議論もありますが、別段その意味においてはなんら異なることがありませんから、このたびは玄奘三蔵の訳した経本によって、お経の題号《なまえ》をお話ししてゆこうと存じます。
 書物の題とその内容[#「書物の題とその内容」は太字] およそ「題は一部の惣標《そうひょう》」といわれるように、書物の題、すなわちその名前というものは、その書物が示さんとする内容を、最もよく表わしているものです。もっとも今日、店頭に現われている書物のうちには
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