らしめたものは、全くこの因縁の真理なのです。ちょうどあのニュートンが、地球の引力を発見したように、釈尊は、これまで何人も気づかなかった「万物は因縁より生ずる[#「万物は因縁より生ずる」に傍点]」という、この永遠なる「平凡の真理」をはじめて発見されたのです。だから、「因縁の真理」は決して釈尊が、新しく創造されたものではありません。釈尊は[#「釈尊は」に傍点]、因縁の創造者ではなくて[#「因縁の創造者ではなくて」に傍点]、実にその発見者なのです[#「実にその発見者なのです」に傍点]。釈尊は、自ら因縁の真理を発見されて、まさしく仏となられました。しかし、それと同時に、この因縁の法を「教え」として、万人の前に説き示されたのが仏教です、因縁の教え、それが仏教です。真理の教え、それが仏教です。釈尊は仏教を信ぜよといっていません。しかし、因縁の法を信ぜよといっています。しかもこの因縁の真理を信ずるものこそ、まさしく仏教を信ずるものです。したがって、たとい、二千数百年の昔に、釈尊の肉身は亡《な》くなっても、因縁という真理そのものは、因縁という法は、法身《ほっしん》の相《すがた》において、永遠不滅なる仏
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