教の真理として、いな、宇宙の真理として、今日においても儼然《げんぜん》と光っています。いや未来|永劫《えいごう》に、いつまでも「不朽の真理」として、光り輝いてゆくのであります。
 ところで、この因縁とはいったいどんなことかというに、くわしくいえば「因縁生起」ということで、つまり、因縁とは、「因」と「縁」と「果」の関係をいった言葉で、因縁のことをまた「縁起」とも申します。すなわち、「因」とは原因のこと、結果に対する直接の力[#「直接の力」に傍点]です。「縁」とは因を扶《たす》けて、結果を生ぜしめる間接の力です[#「間接の力です」に傍点]。たとえばここに「一粒の|籾[#「一粒の|籾」は太字]《もみ》」があるといたします。この場合、籾はすなわち因[#「籾はすなわち因」に傍点]です。この籾をば、机の上においただけでは、いつまでたっても、一粒の籾でしかありません。キリスト教の聖書《バイブル》のうちに、
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一粒の麦、地に落ちて、死なずば、ただ一つにて終わらん。死なば多くの実を生ずべし
[#ここで字下げ終わり]
 とあるように、一たび、これを土中に蒔《ま》き、それに雨、露、日光
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