ないものです。
 一杯の水[#「一杯の水」は太字] 「一杯の飲みたる水の味わいを問う人あらば何とこたえん」です。自分自ら飲んでみなければ、水の味わいもわかりません。うまいか、辛いか、甘いかは自分で飲んでみなければ、その味はわからないのです。「まず一杯飲んでごらん」というより方法がありません。あの有名な『起信論』に「唯証相応《ゆいしょうそうおう》」(唯《た》だ証とのみ相応する)という文字がありますが、すべてさとりの世界は、たださとり得た人によってのみ知られるのです。しょせん、さとり[#「さとり」に傍点]の世界のみではなく、一切はたしかに「冷※[#「火+(而/大)」、42−5]自知《れいなんじち》」です。冷たいか暖かいかは自分で知るのです。ちょうど、子を持って、はじめて子を持つことの悩み、欣《よろこ》びがわかるように、私どもは子をもって、親の恩を知ると同時に[#「親の恩を知ると同時に」に傍点]、子の恩をも知ることができるのです[#「子の恩をも知ることができるのです」に傍点]。三千世界に子ほどかわいいものがないということを知らしてくれたのは[#「三千世界に子ほどかわいいものがないということを
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