証す」とは、そのままに、すみやかに、成仏するという意味です。ただし、漢訳のお経は、これでおしまいになっておりますが、梵語の原典にはこの真言の次に、「イテイ、プラジュニャー、パーラミター、フリダヤム、サマープタム」という語《ことば》があります。ところで、これを翻訳すると、こういう意味になるのです。「といいて、般若波羅蜜多心経《はんにゃはらみたしんぎょう》を説き終われり」というのです。しかしこの語はあってもなくても、同じことですから、玄奘《げんじょう》三蔵は、わざとこれを省略せられて、ただ最後に「般若心経」という語だけを、つけ加えられたのであります。
 以上はなはだ拙《つたな》い講義ではありましたが、十二講にわたってだいたい一通り、「心経とはどんなお経か」「心経にはどんなことが書いてあるか」「心経はなにゆえ、天下一の経典であるか」というようなことを、ざっとお話ししたわけですが、最も深遠なこのお経を、私ごとき浅学|菲才《ひさい》の者が講義するのですから、とうてい皆さまの御満足を得ることができなかったことは、私自身も十分に承知しておりますし、また貴いこの『心経』の価値を、あるいはかえって冒涜《
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