、これを説き示したのが、今日の日本の仏教、すなわち十三宗五十八派の建前であるわけです。というのは、いうまでもなく大乗仏教の精神[#「大乗仏教の精神」は太字]は、われらと衆生と皆共に仏道を成《じょう》ぜんということです。同じく菩提心を発《おこ》して浄土へ往生することです。したがって、それは決して自己独りの往生[#「自己独りの往生」に傍点]ではないのです。あくまで皆共[#「皆共」に傍点]にです。同じく菩提心[#「同じく菩提心」に傍点]を発《おこ》すことです。私どもは、この真言の意味を理解することによって、はじめていっそう明瞭に『心経』が、どんな貴い経典であるか、いや、大乗仏教の眼目はどこにあるかを、ハッキリ知ることができるのです。あの弘法大師が、
「真言は不思議なり[#「真言は不思議なり」は太字]。観誦《かんじゅ》すれば無明《むみょう》を除く。一字に千理を含み、即身に法如《ほうにょ》を証す」
 といわれたのはそれです。般若の真言こそ、まことに不思議です。これを誦《とな》えただけでも無明の煩悩《まよい》をとり除いて、悟《さと》りを開くことができるのです。「即身《そくしん》に法如《ほうにょ》を
前へ 次へ
全262ページ中256ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高神 覚昇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング