通り、この真言の意味を解釈しましたが、要するに『心経』の最後にある、この「掲諦掲諦」の四句の真言は、こういう風に解釈すればよいかと思います。
「自分も悟りの彼岸へ行った。人もまた悟りの彼岸へ行かしめた。普《あまね》く一切の人々をみな行かしめ終わった。かくてわが覚《さとり》の道は成就された」
 すなわち一言にしてこれをいえば、「自覚、覚他、覚行円満」ということです。すなわち「自ら覚《さと》り、他を覚《さと》らしめ、覚《さとり》の行《ぎょう》が完成した」ということで、それはつまり仏道の完成であります。しかもその仏道の完成こそ、まさしく人間道の完成[#「人間道の完成」に傍点]であります。したがってこの四句の呪文は、単に『心経』一部の骨目《こつもく》、真髄《しんずい》であるのみならず、実に、八万四千の法門、五千七百余巻の、一切の経典の真髄であり、本質であるわけです。換言すれば、大小、顕密、聖道浄土《しょうどうじょうど》、仏教の一切の宗旨の教義、信条は、皆ことごとくこの四句の真言の中に含まれているのです。で、つまり、この真言の意味をば、いろいろの角度から、いろいろの立場から、機に応じ、時に臨みて
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