般若の真言について想い起こすことは、今から千百八十九年の昔、すなわち天平宝字《てんぴょうほうじ》二年の八月に下し賜わった淳仁《じゅんにん》天皇の詔勅であります。その勅語の中にこう仰せられております。
「摩詞《まか》般若波羅蜜多は、諸仏の母なり。四句の偈《げ》等を受持し、読誦《どくじゅ》すれば、福寿を得ること思量すべからず。之を以て、天子念ずれば、兵革、災難、国裡《こくり》に入らず。庶人念ずれば、疾疫《しつえき》、癘気《れいき》、家中に入らず。惑《わく》を断ち、祥《しょう》を獲《う》ること、之に過ぎたるはなし。宜《よろ》しく、天下諸国につげ、男女老少を論ずることなく、口に閑《しず》かに、般若波羅蜜多を念誦すべし」
 というのであります。これは『続日本紀《しょくにほんぎ》』の第二十一巻に出ておる詔勅ですが、要するに、勅語の御趣旨は、上は、天皇から、下は国民一般に至るまで、大にしては、天下国家のため、小にしては、一身一家のために、『心経』一巻を読誦する暇《いとま》なくば、せめてこの般若波羅蜜多の「呪《じゅ》文」を唱えよ、という思し召しであります。さてただ今も申し上げた通り、いったい「呪《じゅ
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