さねばならぬと思います。いずれにしても翻訳ということはずいぶん困難な事業でありますが、それについて想い起こすことは、かの「五|種《しゅ》不|翻《ほん》」ということであります。これは有名な、かの玄奘《げんじょう》三蔵が唱えた説でありますが、要するにこれは、どうしても華語すなわち中国の言葉に訳されない梵語が、五種あるというのです。したがってそれは原語の音をそのまま写すだけに止《とど》めておいたわけです。たとえば、インドにあって中国にないものとか、一つの語に多くの意味が含まれているものとか、秘密のものとか、昔からの習慣に随《したが》うものとか、訳せば原語の持つ価値を失う、といったようなわけで、これらの五種のものは、訳さずに漢字で、原語の音標を、そのまま写したわけです。さてこれから申し上げるところの、「般若の呪文《じゅもん》」も、「秘密」という理由で、あえて玄奘三蔵は翻訳せずに、そのまま梵語の音だけを写したわけです。だから、どれだけ漢字の意味を調べても、それだけではとうてい、「呪」の意味は、ほんとうに理解されないわけです。
心経をよめとの詔勅[#「心経をよめとの詔勅」は太字] ところで、この
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