見ていると、ようまあ子供をもったものだと思います。だがしかし、罪のない悪戯《いたずら》ならまだしも、突然、病気にでも罹って苦しむわが子のすがたをみると、ああ、子供なんかない方がよかった、などという愚痴も出ます。もたない人はもちたがり[#「もたない人はもちたがり」は太字]、もつ人はまた子供で苦労する[#「もつ人はまた子供で苦労する」は太字]。まことに「人間に子のあることの寒さかな」で、とかく人間は勝手なことを考えるものです。
仏のなやみは利他的悩み[#「仏のなやみは利他的悩み」は太字] おもうに少なくとも、さとれる[#「さとれる」に傍点]仏陀《ほとけ》となれば、もちろん自分のための利己的な悩みはないでしょう。しかし、わが身のための苦しみはなくとも、世のための悩み、他人のための苦しみはキッとあるのです。といって、その悩み、その苦しみは、決して私どもの考えているような、苦しみでもなく、また悩みでもありません。その苦しみこそ楽しみ[#「苦しみこそ楽しみ」は太字]です。その悩みこそ悦《よろこ》びです。
「世に恋の苦しみほど、苦しいものはない。だが、その苦しみほど、楽しいものはない」
と、ゲー
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