衆生《ひとびと》の苦しみを救いたいという抜苦のこころ[#「抜苦のこころ」は太字]、一切の衆生にほんとうの楽しみを与えたい、という与楽の気持、そうした慈悲の心の上に、仏や菩薩の絶えざる悩みはあるのです。だが、その悩みこそ、自分《おのれ》の身の病でもなければ、また自分一個の心の病でもありません。みんなそれは他人のための病です。苦しみです。つまり世のため、人のための悩みであり、愁《うれ》いであります。
 わが子の病気[#「わが子の病気」は太字] 自分の子供が病気に罹《かか》る。親の心は心配です。わが身の病気よりも、いっそう心がいたみます。子供の病気は[#「子供の病気は」に傍点]、そのまま親の病気[#「そのまま親の病気」に傍点]です。それと同時に、子供の全快はそのまま親の全快です。親と子とは、悲しみを通じて、欣《よろこ》びを通して、少なくとも二にして一です。子をもって欣ぶのも親心なれば、また子をもって悲しむのも親心です。

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もたずしてあらまほしきは子なりけりもたまほしきもまた子なりけり
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 と詩人はいってくれています。かわいい子供の笑顔をジッと
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