の母[#「般若は仏の母」は太字](仏母《ぶつも》)だ、といわれるように、諸仏を産み出す母胎が般若ですから、般若の智慧がなければ、仏とはいえないわけです。般若あっての仏なのです。『心経』の最初に「観自在菩薩《かんじざいぼさつ》、深《じん》般若波羅蜜多を行《ぎょう》ずる時、五|蘊《うん》は皆|空《くう》なりと照見して、一切の苦厄《くやく》を度したもう」といってありますが、慈悲の権化《ごんげ》である菩薩、仏の化身《けしん》である観音さまも、般若[#「般若」に傍点]の智慧を[#「智慧を」に傍点]、親しく磨《みが》いて、一切は空なりということを、体得せられたればこそ、衆生《ひとびと》のあらゆる苦悩《なやみ》を救うことができるのです。しかし、般若を智慧と解釈しておりますが、たびたび申し上げるように、その智慧は、そのまま慈悲なのです。般若の智慧は、一度他に向かう時、それはすぐに慈悲[#「慈悲」に傍点]となって表われるのです。次に、
「阿耨多羅《あのくたら》三|藐《みゃく》三|菩提《ぼだい》を得たもう」
ということですが、この語は、梵語《サンスクリット》の音をそのままに写したもので、原語でいえば「ア
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