ことではない、再び娑婆へ還《かえ》る事です。しかもこの往還[#「往還」に傍点]の二種の回向《えこう》を離れては、少なくとも他力教はないのです。いや、単に浄土教のみではありません。一切の仏教は、ことごとくこの|往相[#「往相」は太字]《おうそう》と|還相[#「と|還相」は太字]《げんそう》との二つの世界を離れてはないのです。因より果に至る(従[#レ]因至[#レ]果)向上門と、果より因に向かう(従[#レ]果向[#レ]因)向下門《こうげもん》、そこに仏教の世界[#「仏教の世界」に傍点]があるのです。「因」とは迷える凡夫です。「果」とは悟れる仏陀《ほとけ》です。迷いより悟りへ、悟りより迷いへ、凡夫より仏陀へ、仏陀より凡夫への道こそ、仏教の道[#「仏教の道」に傍点]です。菩薩の道[#「菩薩の道」に傍点]です。しかも登る道こそ下る道です。下る道こそ上る道です。「上山の道は即ちこれ下山の道」です。
「うき世離れて奥山ずまい[#「うき世離れて奥山ずまい」は太字]」という俗謡があります。あの歌にはたいへん深い宗教的な意味があるかと存じます。「恋も悋気《りんき》も忘れていたが」という、その一句のなかには、
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