です。心をチャンと掃除して、塵《ちり》や垢《あか》のないようにしておきたいものです。けだし「無所得」の境地というのは、心を綺麗《きれい》さっぱりと片づけておくことです。化粧しておくことです。整頓《せいとん》している座敷、それが無所得の世界だと思えばよいでしょう。なんのこだわりもない純真|無垢《むく》な心の状態が、つまり無所得の世界です。しかも無所得にしてはじめて一切を入れる、大きい所得があるわけです。
 虚往実帰[#「虚往実帰」は太字] 古人は、「虚《きょ》にして往《ゆ》いて、実にして帰る」すなわち虚往実帰《きょおうじっき》ということをいっていますが、他家へ御馳走《ごちそう》になりに行く場合でも、お腹《なか》がいっぱいだと、たとい、どんなおいしい御馳走をいただいても、少しもおいしくありません。だが、お腹を空《す》かして行けば、すなわち虚《きょ》にして往けば、どんなにまずく[#「まずく」に傍点]とも、おいしくいただいて帰れるのです。空腹には決してまずいものはないのです。無所得にしてはじめて所得があるのです[#「無所得にしてはじめて所得があるのです」に傍点]。無所得こそ、真の最も大きい所得
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