、いや無所得にして、はじめて大なる所得があるのです。利益があるのです。無功徳《むくどく》の功徳こそ、真の功徳です。さてこれまで、お話ししてきた『心経』の本文は、皆、私どものお腹をからっぽにするためだったのです。「一切は空《くう》だ」何もかも皆、ないのだ、といって私どもの頭の中を、腹の中を掃除してくれたのです。もう私どもの頭の中はからっぽです。お腹はスッカリ綺麗に掃除ができているのです。「有ると見て、なきは常なり水の月」で、因縁によってできているものは、皆ことごとく水上の月だ。あるように見えて、実はないのじゃといって、今までは一切を否定[#「一切を否定」に傍点]してきたのです。いわゆる「無所得の世界」まで、私どもお互いを、引っぱってきたのです。で、これからいよいよお話しする所は、空腹の前の御馳走です。したがって、これからはどしどし御馳走が、一々滋味と化して私どもの血となり肉となってゆくのです。「菩提薩※[#「土へん+垂」、第3水準1−15−51]《ぼだいさった》の般若波羅蜜多《はんにゃはらみた》に依るが故に、心に※[#「よんがしら/圭」、第4水準2−84−77]礙《けいげ》なし」というの
前へ 次へ
全262ページ中169ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高神 覚昇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング