すことが嫌《きら》いですから、どんな方が見えても、すぐ書斎へ通すのです。その時いちばん困ることは、何か調べものでもしている時には、書斎が書物でいっぱいになっているので、狼狽《あわて》てそこらを片づけてからお客に通っていただいたのです。ところが平生《ふだん》は、割合に片づいているので、いつ何時お客があっても、少しもあわてずにすむのです。ちょうど、そのように、平素心の中が、余計な、いらざる妄想《もうぞう》や、執着という垢《あか》でいっぱいになっていると、いざという場合に臨んで、うろたえ騒がなくてはなりません。御婦人方でもそうです。身だしなみ[#「身だしなみ」は太字]が、チャンとできていると、何時来客があっても、お客を待たせておいて、急いで衣物《きもの》を着かえたり、髪や顔の手入れをなさらずとも、余裕|綽々《しゃくしゃく》として、応接することができるのです。化粧の必要はそこにあるのです。白粉《おしろい》を塗ったり、香水でもつけなければ、化粧でないと思っている方もありましょうが、それは認識不足です。身だしなみをすることが化粧です。だが、髪や形の化粧をするときには、いつも心の化粧をしてほしいもの
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