ししようと思うところは、「智もなく、亦《また》得もなし、無所得を以ての故に」という一句であります。言葉は簡単ですが、その詮《あらわ》す所の意味に至ってはまことにふかいものがあるのです。しかし、手っ取り早く、その意味を申し上げれば、つまりこうです。
「およそ一切の万物は、すべて皆『空なる状態』にあるのだ。『五|蘊《うん》』もない、『十二|処《しょ》』もない、『十八界』もない、『十二因縁』もない、『四|諦《たい》』もないと、聞いてみれば、なるほど『一切は空だ』ということがわかる。しかも、その空なりと悟ることが、般若の智慧[#「般若の智慧」に傍点]を体得したことだ、と思って、すぐに私どもは、その智慧に囚われてしまうのだ。しかし、元来そんな智慧というものも、もとよりあろうはずがないのだ。いや智慧ばかりではない。そういう体験《さとり》を得たならば、何かきっと『所得』がある、いやありがたい利益や功徳《くどく》でもあろうなどと、思う人があるかも知れぬが、それも結局はない[#「ない」に傍点]のだ」というのが、「無[#レ]智亦無[#レ]得」ということです。
 こうなると、皆さんは、いわゆる迷宮[#「迷宮
前へ 次へ
全262ページ中156ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高神 覚昇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング