のですが、それがどうしても、暗誦《あんしょう》できないのです。側《そば》でそれを聞いていた羊飼いの子供が、チャンと覚えてしまっても、まだ彼にはそれが覚えられなかったのです。一事が万事、こんなふうでしたから、とてもむずかしい経文なんかわかる道理がありません。
ある日のこと、祇園精舎《ぎおんしょうじゃ》の門前に、彼はひとりでションボリと立っていました。それを眺《なが》められた釈尊は、静かに彼の許《もと》へ足を運ばれて、
「おまえはそこで何をしているのか」
と訊《たず》ねられました。この時、周利槃特は答えまして、
「世尊よ、私はどうしてこんなに愚かな人間でございましょうか。私はもうとても仏弟子《ぶつでし》たることはできません」
この時、釈尊の彼にいわれたことこそ、実に意味ふかいものがあります。
「愚者でありながら、自分《おのれ》が愚者たることを知らぬのが、ほんとうの愚者である。お前はチャンとおのれの愚者であることを知っている。だから、おまえは真の愚者ではない」
とて、釈尊は、彼に一本の|箒[#「一本の|箒」は太字]《ほうき》を与えました。そして改めて左の一句を教えられました。
「塵《
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