か、睡眠欲とか、財産欲とか、名誉欲のみが、歓楽の根本であると妄信《もうしん》して、これに愛着し、これに執着するこころが、苦の原因だと釈尊はいわれているのです。しかもその五欲に愛着し、執着することは、結局、「因縁」の道理を知らないがためです。すなわち、一切は空であり、無我であることを知らない、無知の無明《まよい》から起こるわけです。ですから所詮、一切の苦の根本は欲であり、欲望に対する執着ではありますが、そのまた根本はつまり無明にあるわけです。無明とは、「十二因縁」の根本となっている、あの無明です。さて五欲について思い起こすことは、『譬喩経《ひゆぎょう》』のなかにある「|黒白[#「黒白」は太字]《こくびゃく》二|鼠[#「二|鼠」は太字]《そ》」の譬喩《たとえ》です。それは非常に面白い、いや深刻な譬喩で、ロシヤの文豪トルストイも、スッカリ感激したきわめて意味ふかい話です。それはこうです。
 むかしあるところに一人の旅人がありました。広い野原を歩いていた時、突然、狂象に出逢《であ》いました。おどろいて逃げ去ろうとしましたが、広い広い野原のこと、逃げ隠れる場所とてはありません。しかし幸いにも野原
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