は死んでゆく。その生まれ落ちてから、死んでゆくまでの人間の一生、それは畢竟《つまり》苦しみの一生ではないでしょうか。「人は生まれ、人は苦しみ、人は死す」なんという深刻なことばでしょう。
私は放送をするたびに、全国の未知の方々から、身の上相談の手紙を戴《いただ》きます。それを一々ていねいに拝見していますが、「こうも世の中には煩悶《はんもん》している、不幸な人たちが多いものか」ということを、いまさらながら、しみじみ感ずることであります。小にしては個人、家庭、大にしては社会、国家、そこにはいろんな苦しみがあり、悩みがあります。苦悩《なやみ》がないというのはうそです。煩悶《もだえ》がないというのは、反省が足りないからです。苦悩があっても、煩悶があっても、それに気づかないでいるのです。いや悩みがあっても、その悩みにブッつかることを恐れているのです。つまりその悩みに目覚めないのです。
詩人ベーコンは人生の苦の|相[#「苦の|相」は太字]《すがた》を歌って、こういっています。
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世界は泡沫《うたかた》である。人生は束《つか》の間に過ぎない。
母胎に宿るそもそもから、墓場に
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