囚われない[#「囚われない」に傍点]ことです。執着しない[#「執着しない」に傍点]ことです。あきらめることです。因縁と観ずることです。けだし「人間味」を離れて、どこに「宗教味」がありましょうか。悟りすました天上の世界には、宗教の必要はないでしょう。しかしどうしても夢とは思えない、あきらめられない人間の世界にこそ、宗教が必要なのです。しかもこの人間味を、深く深く掘り下げてゆきさえすれば、自然《おのずから》に宗教の世界に達するのです。自分の心をふかく掘り下げずして、やたらに自分の周囲を探《さが》し求めたとて、どこにも宗教の泉はありません。まことに、
「尽日春を尋ねて[#「春を尋ねて」は太字]春を得ず。茫鞋《ぼうあい》踏み遍《あまね》し隴頭《ろうとう》の雲。還り来って却《かえ》って梅花の下を過ぐれば、春は枝頭に在って[#「春は枝頭に在って」に傍点]既《すで》に十分[#「に十分」に傍点]」(宋戴益)
です。
「咲いた咲いたに、ついうかされて、花を尋ねて西また東、草鞋《わらじ》切らして帰って見れば、家じゃ梅めが笑ってる」
です。一度は、方々を尋ねてみなければ、わからないとしても、「魂の故郷[
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