ない[#「得ない」に傍点]、自分《おのれ》を省みるとき、私は内心まことに忸怩《じくじ》たるものがあるのであります。「道は多い、されど汝《なんじ》の歩むべき道は一つ」だといいます。私は『般若心経』のこの講義を契機《きっかけ》として、真に般若の道を学びつつ、歩みつつ、如実《にょじつ》に一つの道をシッカリと歩んでゆきたいと思っています。そして少なくとも、「生死岸頭に立って大自在を得る」という境地にまで、すみやかに到達したいと念じている次第であります。
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第六講 因縁に目覚める
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無[#(ク)][#二]無明[#(モ)][#一]。
亦無[#(ク)][#二]無明[#(ノ)]尽[#(クルコトモ)][#一]。
乃至無[#(ク)][#二]老死[#(モ)][#一]。
亦無[#(シ)][#二]老死[#(ノ)]尽[#(クルコトモ)][#一]。
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 商人の話[#「商人の話」は太字] 昭和九年の春、AKから『般若心経』の放送をしている時でした。近所の八百屋《やおや》さんが宅へ参りまして、家内に、冗談の
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