刃に臨めば、猶《なお》し春風を|斬[#「春風を|斬」は太字]《き》る[#「る」は太字]が如し」(四大元無[#レ]主。五陰本来空。以[#レ]首臨[#二]白刃[#一]。猶如[#レ]斬[#二]春風[#一]。)
 首を以て白刃に臨めば、猶し春風を斬るが如し。ああ、なんという徹底した痛快な死生観ではありませんか。
 けだし、かの若き僧肇こそ、まことに般若の経典を心でよみ、かつこれを身体で読んだ人であります。人間もここまで来なければ、決して大丈夫ということはできません。しかし、私はその臨終の偈《げ》が、徹底していることよりも、むしろ獄中に囚われの身でありながら、悠々《ゆうゆう》として『法蔵論』というりっぱな一巻の書物を、書き残していったという所に、学者として、いや仏教の坊さんとしての彼の偉大さ、真面目があると存じます。今日、私どもは、この『法蔵論』を手にするたびに、「般若の空」の真の体験者であった僧肇の偉大さを、しみじみと感ずるのであります。そして三十一歳で、従容として死についた彼を偲《しの》ぶにつけても、般若を学びつつ、般若を説きつつ、しかもいまだ真に般若を[#「般若を」に傍点]行《ぎょう》じ得
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