一面において、「人間は人間にとって神である」とさえいっております。何も彼《か》も、ことごとく「損得」の打算、すなわち「有所得」の心持で動かずに、時には打算を|超[#「打算を|超」は太字]《こ》えた[#「えた」は太字]「無所得」の心持になりたいものです。ほんとうの人間らしい心になりたいものです。そして単に利害とか損得ということだけでなく、正と不正、善と悪、といったような立場から、動きたいものです。われわれの日常の行動が、こういう基準によって行なわれなければ、断じて社会は円満に、円滑にはゆきません。つまりは道義に立脚する行為でなければ、ほんもの[#「ほんもの」に傍点]ではありません。この私の『心経』の講義をお聞きくださっても、おそらくそれは、金|儲《もう》けには、縁遠いことでしょう。直接には一銭の利益もないでしょう。一文の得もないでしょう。経済生活の上には、直接なんの関係もないでしょう。しかしです。「無用の用」こそ、真の用です。私どもはただ自然人としての自分のみを見ずして、文化人として、さらに宗教人[#「宗教人」に傍点]としての自分、いやほんとうの人間としての自分をかえりみなければなりません。かくてこそ、はじめて無所得[#「無所得」に傍点]の意味も、自然に理解されるのであります。
[#改丁]
第九講 恐怖《おそれ》なきもの
[#改ページ]
[#ここから3字下げ、ページの左右中央に]
菩提薩※[#「土へん+垂」、第3水準1−15−51][#(ノ)]。
依[#(ルガ)][#二]般若波羅蜜多[#(ニ)][#一]故[#(ニ)]。
心[#(ニ)]無[#(シ)][#二]※[#「よんがしら/圭」、第4水準2−84−77]礙[#一]。
無[#(キガ)][#二]※[#「よんがしら/圭」、第4水準2−84−77]礙[#一]故[#(ニ)]。
無[#(シ)][#レ]有[#(ルコト)][#二]恐怖[#一]。
遠−[#二]離[#(シテ)]顛倒夢想[#(ヲ)][#一]。
究竟涅槃[#(ス)]。
[#ここで字下げ終わり]
[#改ページ]
すでに私は、『心経』の無所得、すなわち所得なしということをお話ししておきましたが、この無所得の境地は、こういうふうにいい表わしたらよくわかるかと存じます。
こころの化粧[#「こころの化粧」は太字] かつて私は宅が狭いので、書斎が兼客間でした。応接間でお客と話
前へ
次へ
全131ページ中83ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高神 覚昇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング