んでから、疲れた体を各《おのおの》の家に運ぶ。朝飯を食べてから初めて暖い床に入つて、ぐつすりと寝入るのである。斯様にして得た金を、来春耕作の肥料に用意せらるるのは、経済の上乗にある家である。
私の村は、又、夜になると、所々の家から藁を打つ槌の響が聞える。氷切り等に行かぬ人々が、草鞋や雪沓をつくるのである。ひつそりとした夜の村に響く槌の音は、重くて鈍くて底のない響であり、聞いて居れば居るほど物遠い感じがするのである。氷叩きの槌の音は、遠くて近く聞える、藁をうつ音は近くて遠い感じがする。
私の村では、又、日中所々の家に機《はた》を織る音が聞える。町に行つて買う布よりも、糸を仕入れて、染めて織る方が安価で丈夫な布が得られるといふのである。縫ひ物をする女は炬燵に居る、機を織る女はそれが出来ない。それで機台は皆南向きの日当たりのよい室に据ゑ付けられるのである。冬枯の木立に終日ひびく機の音は、寒いけれども私の村を賑やかにする。どの家の機は今日で何日目であるとか、どの家の機は何日かかつて織り上がつたといふやうなことを、女たちは音を聞いて皆知つてゐるのである。閑寂な村にあつて、隣保相依る心は、機の
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