ために氷が収縮(膨張?)するのである。亀裂の音は、所謂氷を裂くの音であつて、氷原を越えて四周の陸地山地まで響きわたる。その響きの中に立つて鋸を引いてゐる若者の背中には汗が流れてゐるのである。暫く立つて休息してゐると、その汗が背に凍りつくを覚える。さういふ時は、鋸の手を休めないやうにするのが、唯一防寒の手段になるのである。それ故、若者は只せつせと切る。腕が疲れると唄も出ない。只時々睡気ざましに大きな声を張り上げるものもあるが、それも永く続かない。あまり疲れて寒くなれば、氷の上で例の焚火をして一時の暖を取ることもある。斯様にして夜が白んで来ると、氷の上に積まれた氷板が山の如く累《かさな》つてゐるのである。夜明けからそれを運んで湖岸の田圃に積み上げる。田圃には、連夜切りあげられた氷板が、長い距離に亘つて正しく積み並べられて、恰《あたか》も氷の塁壁を築いた如き観を呈する。積まれた氷には多く筵類《むしろるい》を引被せておくのであるが、覆《おお》ひの筵がなくとも、白昼の日光で氷の溶けるといふやうなことはないのである。海抜二千五百尺の地の如何に寒いかといふことは、是で想像し得るであらう。若者は氷を積
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