下して氷の硬度が増すからである。これは若者でなくては到底堪へられぬ労作である。若者は、宵の口から、藁製の雪沓《ゆきぐつ》を穿《は》き、その下にかつちき[#「かつちき」に傍点](※[#「木+累」、第3水準1−86−7]《かんじき》の義)を著けて湖上へ出かける。綿入を何枚も重ねた上に厚い袢纏《はんてん》を纏ふのであるから、体は所謂着ぶくれになる。横も竪も同じに見えるといふ姿である。斯様な扮装をした若者が氷の上に一列に並んで、氷を鋸引きに引きはじめるのである。氷を引く手元は、初め暗くて後に明るい。氷に眼が馴れるのである。三尺四方程の大さに引き離される氷の各片が、切り離されると共に水中に陥る。それが氷鋏と称する大きな鋏で挟み上げられる。挟みあげられたあとの水には星が映つて揺《ゆす》れてゐる。大凡一望平坦の氷原にあつて、空は手の届くやうな低さを感ずる。星が降る如く光り満ちてゐるのである。星の光は、水にあつて水の明りとなり、氷にあつて氷の明りとなり、その明りに全く馴れるに及んで、相隣する人の顔まで明瞭に見えるやうになるのである。夜が漸く更けて、寒さが益々加はると、氷原の所々に亀裂の音が起る。寒さの
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