耳へ来るのである。目に来るものも、耳に来るものも微に徹して明瞭である。単に夫《そ》ればかりではない。一列の人々の話までも手に取るやうに聞えるのである。空気が澄んでゐる上に、村が極めて閑静であるからである。
村の人々は、又、氷の上へ出て「やつか」といふ漁猟をする。諏訪湖の底は浅くて藻草が多い。人々は、夏の土用中に、沢山の小石を舟に積んで行つて、この藻草へ投げ入れて置く。土用の日光に当てた石は、寒中の水にあつても、おのづから暖みが保たれると信ぜられてゐるのであつて、実際、凍氷の頃になると、魚族は多くこの積み石の間に潜むのである。それを捕へるのが「やつか」の漁法である。その積み石をも「やつか」といひ、「やつか」の魚を漁《と》ることをも「やつか」と言ひ做《な》らしてゐるのである。「やつか」の所在は、「やつか」を置いた漁人にあつて何時でも明瞭である。氷の上に立つて、湖水の四周から、嘗《か》つて記憶に止め置いた四個の目標地点を求れば足るのである。二個づつ相対する地点を連れぬる二直線は、必ずこの「やつか」の上で交叉することを知つてゐるからである。交叉の地点を中心として、半径四五尺の円を劃して氷を切
前へ
次へ
全10ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 赤彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング