る。僕は人道上、花嫁に事情を告げるだけだ」と申しました。
これをきいた彼は益々怒り出しました。彼は某大学の法科を出たので、相当に法律の知識に富んで居たと見え、「他人の秘密をあばくなら、刑法に触れるから、それを覚悟でやるがよい」という意味の捨科白《すてぜりふ》を残して、さっさと帰って行きました。
皆さん、従来、日本では黴毒患者の結婚ということが、左程《さほど》の大問題とはなって居ないようですが、私は花嫁となる人が気の毒でなりませんでした。如何にも刑法の規定に依《よ》ると、医師は業務上取扱ったことで知り得た他人の秘密を故なく漏すと罰せられることになって居《お》りますが、純潔無垢な花嫁に黴毒をうつすことが罪にならないで、それを妨げるのが却って罪になるのですから、悩みを感ぜざるを得ないじゃありませんか。私も刑法に触れてまで、その男の秘密をあばく気にはなりませんでしたから、私は妻に向って、ひそかにこの悩みを打明けました。すると、妻は私に非常に同情し、結婚するその娘さんを救うのは、あなたの義務だと申しました。然し、法律に触れないでどうしたなら、その娘さんを救うことが出来ましょうか。そこで私たち
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