結果、黴毒《ばいどく》の初期だとわかりましたから、その旨を告げると、男は、
「先生、三ヶ月後に僕は結婚しなければなりませんから、それ迄に治して下さい」
 と言いました。私はそれをきいて、直ちに、
「それは無謀です。少くとも結婚は一ヶ年御延しなさい。さもなければお嫁さんに伝染します」
 と忠告しました。すると男は、
「それが、どうしても延すことの出来ぬ事情ですから、何とか方法を講じて下さい」
 と頻りに頼みました。何を頼まれても、こればかりは、どうにも仕様がないので、そのことを告げると、
「仕方がありません。この儘結婚します」と、彼は自暴自棄的に言いました。
 私はぞっ[#「ぞっ」に傍点]としました。私は顔色をかえて、純潔無垢な花嫁に怖しい黴毒をうつすことは人道に反した卑怯《ひきょう》な行為であるから、たといどんな事情があろうとも、延期するのが男らしいではないかと懇々と諭すと、彼は却って腹を立てて私に喰ってかかりました。医者は黙って患者を診療して居《お》ればよい、余計な世話を焼くな、と、こういうのです。私も癪《しゃく》にさわりましたから、「君がそういう料簡《りょうけん》なら僕にも考えがあ
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