之と沢との二人きりです。そうなると皆さんも想像されるごとく、信之は、盛んに沢に言い寄りました。然し、沢は、好意は見せても、断然その身を任すことはしませんでした。すると信之は日に日に焦燥の情を増しました。後には暴力にまで訴えようとしましたので、とうとう沢も決心して、奥さんが生きて見える間は決して、御言葉には従いませんと言い切りました。
 さあ、そうなると、恋に狂った信之の取る手段は何でしょう。言わずと知れて居《お》ります。
 妻をなきものにしよう……
 沢はある夜、信之の晩酌の相手をしながら、信之の言葉とその眼の色によって、友江さんを殺害《せつがい》する意のあることを悟りました。彼女は自分が信之に言った言葉を後悔すると同時に、これは十分警戒せねばならぬと覚悟致しました。

[#7字下げ]四[#「四」は中見出し]

 ある夜《よ》、恐しい暴風雨《あらし》が市街《まち》を襲いました。宵から降り出した雨は車軸を流し、風は獅子の吼《ほ》ゆるような音を立てて荒れ狂いました。そういう晩は健全な人をも異常な心境に導くものです。信之は沢を相手に、頻りに酒杯を傾けましたが、だいぶ酔がまわって来てから、突然
前へ 次へ
全22ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング