のこの要求を拒むことが出来よう。私は看護婦に向って、先刻切り取った、彼の右の手を持って来るように命じた。
やがて、看護婦は、ガーゼで覆われた、長径二|尺《しゃく》ばかりの、楕円形の琺瑯《ほうろう》鉄器製の盆を捧げてはいって来た。それを見た患者は、
「おいお豊、起してくれ」
と言った。
「いけない。いけない」
私は大声で制したけれども、彼は駄々をこねる小児のように、どうしても起してくれと言ってきかなかった。起きることはたしかに危険である。危険であると知りながらも、私は彼の言葉に従わざるを得なかった。で、私は、右肩《うけん》から左の腋下《わきした》にかけて、胸部一面に繃帯をした軽い身体の背部に手を差し入れ、脳貧血を起させぬよう、極めて注意深く、寝台《ベッド》の上に起してやった。患者は気が張りつめて居たせいか案外平気であったが、でもその額の上には汗がにじみ出た。
私は看護婦に彼の身を支えて居るよう命じ、それから、患者の両脚を蔽った白布の上に、琺瑯鉄器製の盆をそっと載せ、ガーゼの覆いを取り除けた。五本の指、掌《たなごころ》、前膊《ぜんはく》、上膊《じょうはく》、肩胛骨、その肩胛骨から発
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