うに言った。寝台《ベッド》を取り囲んで細君も看護婦も不安げに彼の顔をのぞきこんだ。
「有難う御座いました」
 と、患者は、まだかすかにクロロホルムのにおい[#「におい」に傍点]をさせ乍《なが》ら答えた。
「静にして居たまえ」
 看護婦に必要な注意を与えた後、こういって私が立ち去ろうとすると、
「先生!」
 と患者が呼んだ。この声には力がこもって居て、今、麻酔から覚めたばかりの人の声とは思えなかった。私はその場にたたずんだ。
「御願いですから、できもの[#「できもの」に傍点]を見せて下さい」
 私はびっくりした。患者の元気に驚くよりも、患者の執念に驚いたのである。
「あとで、ゆっくり見せてあげるよ。今はじっとして居なくてはいけない」
「どうか、今すぐ見せて下さい」こういって彼はその頭をむくりと上げた。私は両手を伸して制しながら、
「動いてはいかん。急に動くと気絶する」
「ですから、気絶せぬ先に見せて下さい」といって彼は再び頭を枕につけた。
 私は一種の圧迫を感じた。腫物《しゅもつ》の切り離された姿を見たいという慾望を満足させるために、施してならぬ手術を敢《あえ》てした私が、どうして彼の今
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