がて細君の方を見て言った。
「お豊、お前も覚悟しとるだろう。たとい手術中に死んでも、この畜生が切り離されたところをお前が見てくれりゃ、俺は本望だ。なあ、お前からも先生によく御願いしてくれ」
細君は啜《すす》り泣きを始めた。彼女は手拭で涙を拭き拭き、ただ私に向って御辞儀するだけであった。私は暫らくの間、どう返答してよいかに迷った。治癒の見込のない患者を手術するのは医師としての良心に背くけれど、人間として考えて見れば、この際、潔く患者の願いをきいてやるのが当然ではあるまいか。たといそのままにして置いたところが、一月とは持つまいと思われる容体である。若し、患者が手術に堪えて、怖しい腫物の切り離された姿を見ることが出来たならば、たしかに患者の心は救われるにちがいない。
「よろしい。望みどおり手術をしてあげよう」
と、私ははっきりした声で言い放った。
二
「気がついたかね? よかった、よかった。手術は無事に済んだよ。安心したまえ」
翌日の午前に行われた手術の後、患者が麻酔から醒めたときいて、直《ただ》ちに病室を見舞った私は、白布の中からあらわれた渋紙色の顔に向って慰めるよ
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